チェリペディアNo4 石切所小学校の流行り編

チェリペディアNo4  石切所小学校での流行 編

 

石切所小学校(愛称は石小)。そこで我々は初めて出会った。6才。もはや四半世紀前の話である。当時の石小の生徒数480人と現在の倍の生徒数がいた。40人学級で1学年2クラスの編成である。当時流行っていたのはカンフーキッド、ジャッキー・チェン、キョンシーなどの香港カンフー映画。アイックスによく借りに行ったけど誰かに借りられてて在庫が無かったりしショボショボ家に帰った事もあった。そんな中、石小のみで流行っていた特別な遊戯が2つある。1つは誰が考えたのだろう‘‘牛乳瓶の蓋の遊び‘‘。そしてもう一つは誰がやり始めたのだろう‘‘カンフーごっこ‘‘であった。

 ‘‘牛乳瓶の蓋の遊び‘‘(愛称があるんだけど忘れちゃった!誰か教えてください!)これは面白かった!小学生の遊びながら、技術とギャンブル性の備わった特殊な遊びである。

ルールはそれぞれ蓋を同じ枚数かけて奪い合う。かけた蓋を重ね、爪でひっくり返し、ひっくり返した蓋はもらうことができるというものだ。その他にも細かいルールがあったりするのだが、なかなか技術や知恵を有するものだった。集めた蓋を貯める‘‘蓋袋‘‘というものがあり、強い奴はその中に数百枚溜め込んでパンパンだった。さらに、蓋でも強い蓋と弱い蓋があって、給食牛乳瓶の蓋は淵が曲がっていてひっくり返り易く、真っ平らなもの程それに抗し強いので、良く教科書に挟んだり、時には全酪に新品が落ちているので良く探しに行った。あとは全酪以外のレアな蓋も好まれた。それらは蓋同士で高レートで取引もされていた。この遊びは小学校から禁止令が出るほどはやったのだ。しかも石小だけで。不思議。掃除をさっさと終わらせベランダや、廊下の地面、机で、爺さんが公園で将棋を指すかのようにみんな真剣にやっていた。懐かしい。

 ‘‘カンフーごっこ‘‘これが流行ったのは小学校低学年時で我々の学年だけであったと思う。昼休みに曜日により体育館が使える日があった。その日はみんなドッチボールやバスケットをするのだが、我々はというと、‘‘カンフーごっこ‘‘詰まりは喧嘩ごっこをしていたのだ。小学校の我々のキャラクターは例えるならば、みつひろ=悪ガキ、かん(私)=わんぱく坊主、おぼ=優しく正義感の強い奴 のような印象である。喧嘩するのだから、チームは2つあり、それぞれの大将はみつひろと私であった。ルールーは定かではない。勝ち負けもはっきりしないこの遊びなのだが、バスケットボールが飛び交う代わりに‘‘猿の拳‘‘や‘‘鶴の舞‘‘など必殺技が飛び交っていた。最後にみつひろとタイマンしている辺りでチャイムが成り、掃除へ自然と移行するのだ。今考えればシュール。そしてときには怪我をし、鼻血や打撲は絶えなかったきがする。そんなとき現れるのが おぼ であった。彼が保健室まで運んでくれるのだ。当時は物静かなスポーツマンだった。

 そんな我々の関係と当時の石切料学校の流行り事。実際につるみ出し、3dl(知る人ぞ知るHipHopTeam)を結成するのは中学校の時。TCBを結成し、おぼないが突き抜けてしまうのは高校の話。それはまた後ほど。。。。

 

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